リンとの15年間の思い出

15年前の2月、雪のふるとても寒い日でした。
家の居間の網戸を小さなネコがよじのぼっていました。
下におちても何回も何回ものぼり「家にいれてお願い」といっているようでした。
家族でどうしようか、かわいそうだからかってあげようかということになり、かうことになりました。(ネコははじめてでしたが)
その当時、テレビドラマで子役の子の役名がリンというものがありました。
その響きがとてもきにいり、この名前にしました。
山の中の家なので半分外ネコで自由にくらしてきました。
ほとんどけがも病気もしなかったのですが、最後は病気でした。
病院につれていったときにはもう手遅れでした。
でも家で看取ることができました。よかったと思っています。
たくさんの楽しい時間をつくることができ、思い出もたくさんできました。
「リンちゃん、この家を選んできてくれてありがとう」

人として愛した人間(長野県小諸市)

いっぱいの幸せをありがとう

ももちゃん、20年間お母さんの側でいつも寄り添ってくれてありがとう。
良い時も悪い時もいつも一緒にいてくれたね!
お母さんの言うことは何でも分かってたよね!
そんなももちゃんにお母さんの方が甘えてたよね!
本当に心の支えになってもらいました。
感謝でいっぱいです。
おばあちゃんになってからは病院通いが多くなって体もキツかったね。
でも元気になって帰ってくると、いっぱいご飯を食べてご機嫌さんになったね!
そんな姿を見てお母さんは元気をもらいました。
最後頑張ったけど体がついてこなかったね。苦しかったよね。
でも最後まで諦めず頑張る姿を見て、お母さんは本当に頭が下がりました。
20年間があっと言う間に感じます。ももちゃんお疲れ様でした。
これからは天国でももちゃんが元気な体でお友達と走り回って楽しく遊んでることを願ってます。
20年間本当に本当にお疲れ様でした。
いつまでもお母さんのそばで見守ってね!
ありがとう、ももちゃん大好きだよ!愛してるよ !

かわいいかわいいももちゃん大好きママ(長野県佐久市)

長野県の猫碑

以前「長野県千曲市の猫神様」というのを書きました。
養蚕業が盛んだったので蚕のさなぎを狙うネズミが大敵であることから猫を神様として崇めたというものなのですが、何も長野県だけに限ったことではなく、養蚕が行われていた地域では全国的に見られるようです。

「宮城県丸森町・猫碑 養蚕と密接な関わり 花こう岩の産地も関係か」

日本では古くから、生き物の命を平等に扱う考え方が根付き、動物も供養の対象にしてきた。
「蚕を守ってくれる飼い猫を大切にし、死んだ時には石碑を建てて供養する風習が丸森にも存在した」。
中には猫を神格化し、「猫神」としてネズミよけや繭の豊作を祈願するために作られたと考えられるものもあるという。

そしてこのニュース記事のなかで長野県には15基あるとされています。
千曲市以外ではどこにあるんでしょうね。
いくつか検索で見つかりました。

「長野県(塩尻市)の猫神・常光寺の唐猫」
「長野県岡谷市の愛猫権現」
「2匹の猫住職がいる(下伊那郡高森町の)お寺 触られるのはまだ苦手」
「長野県下諏訪町の猫碑 お髭がなんとも立派!!」

皆さんの近所には猫碑はありませんか?
養蚕が盛んだった地域では見つかるかもしれませんね。

ありがとう。

らいへ
らい、いままでありがとう。
らい、かしすとあえますように。

ライ、市川家へ来てくれてありがとう。
一緒に東京へ行ったり楽しかったよ。
とても臆病だったけど、気の強いところもあったね。
ライが川上から我が家に来る時、おばあちゃんから黒はダメと言われ、茶色のライにしたよね。
途中私の膝から降りて座席の下に入ってしまい、パパにすごく怒られたね。
でもとっても可愛かったよ。
次の日またパパがライの妹を連れて来た時はびっくり。
それも黒のカシスでした。
姉妹で市川家の家族となり16年でした。
いつも一緒でよかったね。
私たちが家を離れてからも、おばあちゃんとお留守番していて、パパとママの帰りを待っていたんだよね。
お疲れ様。そして長い間ありがとう。
カシスとおばあちゃんに会えたかな?

ライ大好き(長野県佐久市)