22歳まで長生きしてくれてありがとう。
ニャー太は、すっごくお利口さんで言う事はちゃんと理解するし本当に賢い子だった♡
いっぱいありすぎて伝えきれないけど、病気になっても一生懸命頑張って姉ちゃんのそばに居てくれたね。
すーっごくうれしかったよ。
これからも姉ちゃんの“心”の中でニャー太は生きてるもんね♡
ずーっとずーっと大好きだよ。
いーっぱい愛してるよ♡
これからもずっと一緒だよ…ありがとうニャー太♡
M・Y(長野県箕輪町)
22歳まで長生きしてくれてありがとう。
ニャー太は、すっごくお利口さんで言う事はちゃんと理解するし本当に賢い子だった♡
いっぱいありすぎて伝えきれないけど、病気になっても一生懸命頑張って姉ちゃんのそばに居てくれたね。
すーっごくうれしかったよ。
これからも姉ちゃんの“心”の中でニャー太は生きてるもんね♡
ずーっとずーっと大好きだよ。
いーっぱい愛してるよ♡
これからもずっと一緒だよ…ありがとうニャー太♡
M・Y(長野県箕輪町)
高級食パンブームというのは知ってましたが、ニャンコの形をした食パンです!
「ねこねこ食パン」(https://nekoshoku.jp/)
全国展開しているお店だそうですが、松本市でも「Heart Bread ANTIQUE 松本店」でも購入できるようになったそうです。
ニュース記事はこちら。
「ねこの形の高級食パン専門店「ねこねこ食パン」が長野県松本市に登場」
もちろん断面がニャンコなんですが、かわいい形ですね。
松本市の方には、もう人気でしょうか。
通信販売でも購入できるそうです。
なお、購入すると猫の殺処分ゼロへの寄付にも協力できます。
猫の殺処分ゼロを目指して「ねこねこ食パン」売上1本につき1円を当社より動物愛護センターに寄付いたします。
猫ファンにはたまらない食パンですね。
「ボルト♪」って呼ぶと「ニャー♬〜」ってお返事して、すぐそばにきて抱っこすることが大好き。
ママの抱っこが大好きで、スヤスヤ。
ねるときも、お仕事してるときも、いつもさばにいてくれたね。
下のネコちゃんたちのめんどうもみてくれて、外にいかないようにお世話したり、お手本になるようなジャンプをおしえてくれたり、とっても優しいボルトさん。
みんなボルトさんのことを大好きですよ。
とっても、とってもボルトさんのおかげでみんな幸せです。
ボルトさん♪、ボルちゃん♪、ボル♪、ボルボル♪ってたくさんみんなによばれて、ニャー♡ってこれからもずっといっしょにいるよ。
又会おうね。ずっとずっといっしょだよボルト♡
恵海(長野県諏訪市)
さーちゃん♡ありがとう
みんなと自由にいっぱい遊んで走り回って、美味しいものお腹いっぱい好きなだけ食べて…眠くなったらふわふわのお母さんのそばでねんねして得意な渾身のふみふみで甘えてね。
すごいにぎやかだね!もう少しも寂しくないね。良かった♡
元気でね。またあえる日まで。毎日たくさんの“可愛い”をありがとう。とても、とても幸せでした。
お母さんより。さーちゃん、いままでお母さんの傍に居てくれてありがとう。お母さんは娘の私が嫉妬しちゃうぐらいあなたのことがとっても大好き。そんなこと、さーちゃんはわかってるね(笑)
どうか、これからもお母さんのことを見守っていて。そばにいてあげてください。よろしくね!
彩雨(長野県伊那市)
猫ちゃんたちはリビアヤマネコ(wikipedia)という野生種が起源だと考えられているそうです。
イエネコと比べて足が長く、座った姿勢や歩き方に特徴がある。
ヨーロッパヤマネコと比べると毛は短めで明るい褐色であり、縞模様は不明瞭、尾は長く先が細い。
体長45-80cm、体重3-8kg、尾長は30cmほどである。
ではいつ頃から人間と暮らすイエネコになっていったんでしょうか。
6000年ほど前に、現在のポーランドに到達した人々は、森を開拓して広々とした牧草地や農地へと変え定住し始める。こうした農耕地のそばにある洞窟で発見されたリビアヤマネコの骨を分析したところ、ネズミやリビアヤマネコもまた一緒にすみ着いていたことが新たな研究で明らかになった。
つまり中東からポーランドに移り住んでいった人達について行ったということは分かってきたそうなんですね。
ただし、エサをもらっていたという形跡がないため一緒に生活していたという証拠はなく、またヨーロッパヤマネコという種類とも共存していたとのこと。
ネズミ退治から人間との共生関係ははじまったのでしょうが、まだまだ猫のルーツを探る研究は終わってないようです。
なおこの記事に書かれている下記はロマンを感じます。
少なくとも1万年前には、猫を愛する人達が現れていたということですね。
現在分かっている最古のイエネコの埋葬例は9500年前のもので、トルコから約70キロ南に浮かぶキプロス島で2004年に発見された。生後8カ月のそのネコは、貝殻や磨かれた石などの装飾品と、飼い主と思われる30歳の人間(性別は不明)と一緒に墓に葬られていた。