柴犬と長野県

今や世界的にも人気の犬種である柴犬には長野県が大きく係わっていたようです。

「柴犬のルーツに出会う旅(1)絶滅した石州犬『石』 故郷で再び注目」
「柴犬のルーツに出会う旅(2)系統図の頂点に立つ「強運の犬」」
「柴犬のルーツに出会う旅(3完)“柴の祖犬”の郷里に広がる日本の原風景」

まず柴犬のルーツとされているのは、島根県の石州犬の一頭である「石」という名前がつけらた犬だったそうです。

島根県西部・石見(いわみ)地方の地犬である「石州(せきしゅう)犬」の石(いし)号だ。

その「石」と四国の黒い『コロ』とのあいだに生まれたのが「アカ」
「アカ」の孫が「中」

戦後はアカの孫の『中(なか)』が、信州を舞台に名種犬として活躍。長野県ではその当時、既に地犬がほぼ絶滅していて、『中』と他地域から移入した優秀な犬をかけ合わせて柴の繁殖を盛んに行った。これらが固定された「信州柴」が、現在の柴の系統の主流になっている。

信州柴とは。

柴犬と呼ばれる由来には、いくつか説があります。 野山に自生する低木の総称が柴であったこと、そこが彼らの活動拠点であり、毛色も枯れた柴に似ていたため、柴犬となった。 信州の柴村で多く飼われていた。「柴犬辞典 柴犬の特徴~体・性格・しつけ」より

柴村というのがかつて埴科郡に存在していたそうですが、この説がその通りであれば長野市の松代町ということになりますね。
いずれにせよ信州長野県が柴犬に貢献していたのは事実のようですから、長野県民とするとますます柴犬に愛着を感じてしまいます。

ところでその石州犬は残念ながら病気などで昭和40年代に絶滅したそうです。
柴犬よりも精悍な顔で、猟犬として飼われていたとのこと。